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  • 杉並PARK 在宅クリニック

院長コラム:人生の最期に関わるとき、俯瞰する視点を必要とする

訪問診療を通して人生の最期に伴走していく中で、ご本人とご家族の間にある関係性とシステムの再構築について検討する機会がしばしばあります。今回は、その経験の共有と、どう取り組むとよいか私なりに考えていることについて書いてみたいと思います。

例えば、これまで遭遇してきた代表的な事例として、

・なるべく子供達に迷惑をかけないようにしてきたご本人。 ・忙しくてあまり実家を訪れず、関わりきれなかった子供達(子供達といっても50-60代の方がほとんどなので、私からすれば大先輩ですが)。 ・お互いを気にかけていても感情的にぶつかる機会が増えてしまうご本人とご家族。

などがありましたが(私に依頼をいただくcaseの特徴でもあると思うので、バイアスがあることはご承知ください)、これらのケースでは、私や専門職の声かけをきっかけとしてもらい、ご家族にこれからの役割分担やコミュニケーションの取り方について検討してもらってきました。加えて、お孫さんの面倒や夫婦共働きなど、多忙な介護者の立場も鑑みて、公的サービスをどのように生活に入れこんでいくかも併せて考えたりします(このとき、地域のイケているサービス事業所、ご家庭の価値観にあったサービス事業所を想起・提案できるかも求められます)。

これは私の特徴なのかもしれませんが、具体的なサービスはケアマネジャーさんに調整してもらうものの、診療の中で感じたお家の価値観や関係性を考える材料としながら、これまでの経験値をもとに「〇〇の病気と△△の家族構成であれば、〜といった今後の展開が考えられる」という仮説を持って、私も一緒になってそのお家にあった体制を検討、提案します。特に医療面といわれる「病気から起因する症状」があったり、「ADL(日常生活動作)に制限」があったりする場面では、まさに私が関わるバリューになってきます。


例えば実際に介入した事例としては、

・介護疲弊が蓄積したときのレスパイト先の確保とそこに至るまでの感情的な面も踏まえたファシリテーションを行う ・日中・夜間の不安を訪問看護や24時間介護サービスを導入することで物理的な手を増やす ・家族の介護体制を再構築して兄弟・姉妹で実際の生活のサポートと付き添いの手助けなどを分ける

などがありました。いずれも硬直していた介護体制から脱却して、一定の流れをつくることができた事例です。この辺りは、薬の処方ではいかんともしがたい内容なので、いわゆる社会的処方とも言われる分類に近いかもしれません。


参考:英国における社会的処方

以上が、私が日々取り組んでいる人生の最期を迎えるご家庭に対峙した際にイメージする流れ、動き方なのですが、在宅医療においては、家族と専門職が一体となって介護・生活が成立するシステムを考えること、つまり俯瞰する思考作業が求められると考えています。広く普及しているキーワードで言うと、いわゆるシステム思考が重要と考えます。

しかしながら、多職種連携をしていて、まだまだこの考え方ができるプレイヤーが多いとは言えない印象があります。その場その場で専門職として役割を一定こなす、アドバイスすることはできるのですが、その判断やアドバイスが1つの場面だけにとどまっていないか、このトラブルが起きた背景にご本人のこだわりや、家族との関係性に原因はないか、他の場面を知っている多職種と情報共有して試行錯誤するところまで考えを及ぼすことができているかを見つめることができる事業所は、まだまだ十分ではないと考えます。(批判をするという意味ではなく、こういった考えを常に持って欲しいというメッセージです)

年々、在宅医療の質について変化を感じていますが、より良い医療介護の在り方になっていくために、一石を投じながら診療をしていきたいと思っています。

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